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第22話〜疑問

「さて、そろそろ寝ましょうか」
 いつの間にか西条さんがこの場を仕切って進めようとしている。不思議なのは、誰も西条さんに異論と唱えないということと、普通に皆がこの部屋に溶け込んでしまっていることだ。
 ここの部屋の元の住人は皆どこかに行ってしまったし、実質部屋を移動していないのは自分だけということになる。この部屋はもともと八人部屋。しかし、今は七人だ。なぜかわからないが、いつもお弁当を食べていた五人に新しく西条さんの友達二人がぞろぞろと俺の部屋に来たのだった。しかもうち男が2人。これはちょっとしたハーレムなのかもしれない。そう思ったときもあった。しかし、今のこの状況を見ればどうだろうか?
「私はここで寝るの」
 そういって俺の隣りに座り込む恋。
「あら、それはあなたの勝手ではないですか?」
 そういって恋の隣りに座り込む西条さん。
 先ほどまではハーレムだの何だの思って喜んでいたのに、今では寝る場所どうだとか言ってみんな争っているのが非常に疎ましい。しかも、黒須さん以外は全員俺の隣を狙っている。高校生なんだからもう少し男とか女とかを考えてみたらどうだろうか?それに俺の隣なんて価値はまったくないだろうに。
「俺は男だから皆とは離れた所で寝るというのはないの? 間違いが起こったらまずいし」
 いつまで経っても終わらない論争に終止符を打つため、俺がそう提案をしてみる。
「あんたにそんな度胸あるの?」
「白金はそんなことしないでしょう」
 しかし、俺の提案はあっさりと無視される。信用してくれるのはありがたいがここまで言われるともう逆に悲しくなってくる。
 だいたい、何故皆こんなにも俺の隣に行きたがるのだろうか?別にどこで寝ようが代わりがないというのに。
 そんな喧騒を無視して黒須さんはいそいそと適当なところで睡眠を開始しようとする。
「ちょっと、美穂さん。あなたのために私が前に出ているというのに」
 そんな黒須さんを見て青葉さんが言っているが、なぜ俺の隣りに寝ることが黒須さんのためにつながるというのだろうか?
 わからない、わからないがとりあえずこの争いはいつまで経っても終わりそうにないことはわかった。
「黒須さん、隣り失礼するよ」
 あまりに長い争いに痺れを切らした俺は、この部屋で唯一安全そうな人の隣で寝ることにする。俺のその一言にまた部屋が沸いていたが反応する気も起きない。
「迷惑だったかな?」
 布団をかぶったままの黒須さんに聞いてみるが返答はなかった。無言ということは眠っているか、了承ということでいいのだろう。俺は勝手に解釈をして黒須さんの隣の布団にもぐりこむ。これでも俺は疲れているんだ。二日目だというのにこれでは先が思いやられる。
「納得いかないわ」
 恋と西条さんがなにやらわめいていたが、もうぼんやりとしか聞こえてこない。明日は何があったかな?明日の予定をなんとなく考えながら俺の意識は闇に解けて行った。
 
 
 
「うー」
 朝、肌寒さを感じて目を覚ます。もう六月だというのに気温は痛いほど寒い。おかしい。辺りを見回すと皆ぐっすりと眠っていた。
「甲斐性なし」
 恋は寝言でわけのわからないことを言っていた。いったいどんな夢を見ているのだか。
 しかしあれだろう。他人の寝顔、しかも女性のものをまじまじと見ているなんてしてはいけないな。
 俺はそそくさと着替えて朝の準備を完了させる。そのうち皆もおきてくるだろう。時間にはまだ余裕が……ん?
 なんとなく取り出した携帯の表示を見て俺は愕然とした。
「集合時間まで後十分だと?」
 本来、集合時間の十分前に行動するのが原則とされているのでこの時間はかなりやばい。というかアウトだ。
「ちょっと、おきないとまずいよ」
 とりあえず隣りの黒須さんを揺さぶるが反応はない。ここで黒須さんにかまいすぎるのもよくないので次に移る。
「恋、朝だ。おきろ」
 どんなにゆすってもおきてくれない。仕方がないので俺は手を恋の額まで持って行き、指を思い切りはじいた。
「へへへ」
 しかし恋は気持ちの悪い笑い声を上げるだけでおきてくれない。困った俺はこの六月にしては寒い気温を利用することにする。
 扉を全開にして窓も全部開ける。かなり寒い。布団をはいでやろうかと思ったがそれは流石に出来なかった。
「うーん」
 はじめに起きたのは青葉さんだった。
「まずいよ、このままだと遅刻するよ」
 俺が急いでそう伝えるが、相手は寝起き。頭があまりおきておらず、俺の言葉を理解してくれない。
「遅刻?」
 しかし、寒さのおかげもあってかすぐに俺の言葉を理解できるようになる。
「この男を連れて早く部屋から出て行って」
 部屋の隅で一人布団に包まっていた藤村を指差して青葉さんは叫んだ。藤村、お前はそんなところに居たんだな。
 藤村の着替えを拾っていそいで廊下に出る。
 廊下に出た俺は藤村をがくがくと揺らして意識の覚醒を促す。
「西条さーん」
 しかし、藤村はおきるどころか俺に抱きついてくる始末だった。仕方がないのでグーで殴ってやることにする。別にうらみはないぞ。
「いてぇ」
 苦悶の声を漏らしながらも、それのおかげで意識が覚醒したのだろう。藤村は物凄い形相で俺をにらむ。
「遅刻するぞ、急げ」
「え? あ? 遅刻?」
 俺の必死な思いが通じたのだろう。藤村はすぐに行動を開始してくれる。
 部屋の中ではバタバタとあわただしい音が聞こえてくる。明日からはきちんと早く寝よう。俺はそう決意して、みんなの準備が完了するのを待つのだった。 
「まったく」
 目の前に居る如月先生はそういって大きなため息を一つついた。結局、遅刻してしまった俺達は運悪く皆が集合している中央の寺に行く道で如月先生に見つかってしまい、今はこうして説教を受けている。
「だいたいだな、お前達には少し落ち着きが足りなさ過ぎるぞ」
 あきれた様子で俺達に語りかける如月先生だが、その表情にはもう諦めが見えていた。
「まぁいい、明日からはきちんとするように」
 結局如月先生の説教は皆が聞いている先生の話と同じくらいの長さだったようで、説教が終わるころには皆が新しいクラスわけで盛り上がっている様子が見えた。この合宿の楽しみといえば食事と入浴、そしてこのクラス替えくらいなもんだ。
 説教から解放された俺は、どうせ変わっていないだろうクラスわけを覗き込んだ。が、しかしFクラスに俺の名前はなく、少しあせる。どうやらランクアップしたようだ。E?D?どんどんとクラスは上に上がっていくが俺の名前は一向に現れない。
 まさか、俺みたいな落ちこぼれのためにGクラスなんてものが存在するのかもしれないかと思ったがこの紙の上にGなんて文字は見えないので心配する必要はないようだ。
 では俺の名前はどこにあるのか?その答えは意外なところから発覚した。
「嘘」
 いつの間にか隣りに居た黒須さんが驚きの声を上げる。黒須さんが驚くなんて何事かと思いその目線の先を探る。
「嘘……だろ?」
 黒須さんと同じように驚いてしまった俺の目線の先にはAクラスの文字。そしてその中には俺の名前がしっかりと書いてあった。何かの事故かと思ったが、どうやら幻ではないらしい。
「それではクラス移動をしてください」
 その声で俺はまだ信じれない気持ちを抑えて動き出した。
「Aクラスにいらっしゃい。何名かは新しく来たようですが、どうか落ちないようにがんばってくださいね」
 担当の先生は笑顔で言っているが、アレは間違いなく俺へのあてつけに違いない。
「まさか俺達がAクラスなんてな」
 そういいながら俺の隣りに立っていたのは藤村だった。まさか勉強嫌いのこいつがこんなところに来るとは、明日はやりでも降るのだろうか?
 
 しかし、Aクラス用の課題をやってみると、これがなかなか解けるものなのだ。確かに一問一問に時間はかかっているだろうがまったくわからないといったわけではない。おそらくテスト前の猛勉強の成果がまだ残っていたんだろう。
 藤村も俺と同じだったようで首をかしげながらも問題を解いていた。
 
 終わりそうにない課題にあきた俺はいったん休憩を挟むことにした。 
 なんとなくAクラスのメンバーを眺めているが、どうも堅そうな奴らばかりだ。そんな中、俺はふと黒須さんを見つめてしまう。
 黒須さんが来てからというもの、俺の周りの環境は激変してしまった。それがいいことだったのか悪いことだったのかは分からないが、昔より少し面倒になって楽しくなっただけだ。
 ただ、困るのは黒須さんが来てからというもの、俺に対する周りの女子の接し方がおかしいということだ。いきなり西条さんなんて子が出てきたかと思えば、恋の態度もいきなり変わってしまい、何故か俺によく絡んでくるようになった。可憐さんと麗子さんさえもが俺に詰め寄る始末だ。アレはもはや何かの魔法にかかったようだ。
 もし万が一だ、俺にあのメンバーが好意を持っていたとしてもそれが一気に爆発することなどありえないと思う。やはりこれはおかしい。
 しかし、今の俺にはこの問題は難しすぎるような気がした。と、言っても将来的に見てもこの問題は解決できそうにないのはたしかなのだが、この状況では俺は言った移動すればいいのかわからない。
 今まで友達として接してきた恋にどうすればいいのか分からない。友達で居た頃は見られなかったあの笑顔を見てしまうと俺はどうにも固まってしまう。
 西条さんも西条さんだ。いきなり現れたと思ったらやたらと俺に固執はするし、何故か懐かしい感じがするし、黒須さんに関してはどうもあーちゃんとかぶってしまって仕方がない。このまま行くと俺は誰かに好意を寄せてしまうかもしれない。というかもうすでに寄せているのかもしれない。しかしまだそれを認めたくはなかった。それを認めてしまうと今のこの状況が崩れてなくなってしまいそうで怖かったのだ。
 
 俺は煮え切らない思考を拭い去り、黒須さんから視線をはずして憎い課題とにらめっこを再開する。
 このときおれはまだしらなかったのだ、事態が予想以上に深刻化していることなど。

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