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第2話〜ドラゴンショット

 案の定、女は息を切らしながら俺を睨む。女性に睨まれるのは気持ちの良い物ではないが、俺はこいつを女性と認識していないので問題ない。
 肩で息をする女を放置し、またすぐに歩き始めると、女は何かを後ろでわめいたがすぐに静かになって俺の隣を歩く。
 俺はこの時間が堪らなく好きだ。何故なら、一人で静かにしていられるからだ。
「そういえば、今日学校無いのに制服なんか来てどこ行くの」
 女はいきなり恐ろしい事を教えてくれる。見れば、こいつはどこに行くんだと問いたくなるようなおしゃれをしている。もちろん制服ではない。
「なん……だと……?」
 俺はいたって真面目に女に問いかけるが、女もいたって真面目な顔で、嘘をついているようには見えない。俺は急いでポケットから携帯を取り出して日付を確認する。よし、平日だ。
「妹よ、今日は何の日だ?」
 俺が妹に聞くと妹は肩を落とし、ため息をついた後できっちりと真実を教えてくれる。
「創立記念日よ、あにぃ」
 何かの冗談かと一瞬思ったが、この様子だと、どうやら本当のようだ。
「そうか……」
 俺の隣でくすくすと笑っている妹に、軽く餞別がわりのでこピンをくれてやり、さっさと帰路に着く。
 ため息を漏らしつつ歩き出すが、ふとこのまま帰るのも癪なのでどこかによって帰ろうと思う。
 そうだ、久しぶりに図書館にでも行ってみよう。特に用はないがそうしよう。思い立ったが吉日というやつだ。いや?ここは善は急げか?俺はくだらないことを考えながら、家に向いていた足を図書館の方向へと軌道修正する。
「じゃあな」
 妹に別れを告げて一人図書館への道を歩く。無論、休みの日にもかかわらず制服でだ。
 妹が後ろで何かを言っていたが、どうせろくな事ではないだろうから聞き流そう。
 図書館に行こうと決心したのはいいが、ふと重大なことを失念していた。

「休館日……」
 今日はついてない。俺は目の前の『休館』の看板を睨みながらつぶやく。
 さて、このまま家に帰ろうか?
 しかし、それでは何か負けたようでいやだ。何に負けるのかはわからないが、とりあえずいやだ。
 今度はどこに行こうか?大丈夫。今日はものすごく時間がある。なんたって今日は休みの日なのだからな。
 俺がぶらぶらと町を彷徨うこと数分間。結局、何も思いつかなかった俺が彷徨っている間にいつの間にか川原にたどり着いた。俺は芝に座ろうかと思ってふと止まって考える。俺は制服だ、このままでは汚れる。だが、結局俺は座る。理由は簡単。立っているのに疲れたから。
「ヘイ、パース」
 何をするわけでもなく景色を眺めていると、川原の一角では小学生くらいの少年たちがボールを蹴りあって遊んでいる。俗に言う蹴球だな。
 子供が遊んでいるということはもう昼を過ぎているのか……。半日も歩いていたとは、それは疲れて当たり前だろうな。
 しかし、子供と言うのは元気だと思う。俺にもあんな時代があったのだろうが、あの頃の体力はどこに行ってしまったのだろうかと、一人首をかしげる。
 俺が首をかしげている間もサッカーは続いていて、ボールは上下左右いろいろなところに飛んで行き、それにともない子供たちも楽しそうに走り回っている。
「くらえドラゴォォンショットォォ!」
 子供の一人が足を大きく振りかぶったかと思うと、なにやら必殺技らしいそれの名前を叫びながらボールを勢いよく蹴り出した。
 少年よ、それはドラゴンショットではなく「トゥキック」と言うものだ。
 トゥキックと言うのは、ボールをつま先で蹴るキックので、初心者にこのキックが多い。まぁ、このキックは当たり所がよければよいキックになるし、うまくいけば無回転のボールを蹴り、落ちるボールが蹴れることもあるだろう。なるほど必殺技にはもってこいだ。
 もちろん当たり所がよければの話しだが。
「お兄ちゃんボールとってー」
 当たり所が悪かったとき?
 それは、こんな風に誰かにボールとって貰わなくてはいけなくなる。
「ほらよ」
 俺が目の前に飛んできたボールを蹴ってやると、ボールは綺麗な孤を描いて少年の元へと飛んでいった。
「お兄ちゃんすごいな」
 遠くでボールを拾った少年が駆け寄ってきて俺に話しかける。その目は、まさに輝いているといっても間違いではなかった。
 しかし、せっかくこっちにこないでボールを拾ったと言うのに、こっちに来ては意味がないだろうに。そんな何も考えないのが子供なんだろうが。
「一緒にサッカーやろうぜ」
 少年は屈託のない笑顔で俺の手を引っ張り、仲間の元に連れて行こうとする。
 少年と言うのは遠慮もなければ配慮もない生き物だ。俺は制服だし、汚れたくない。だが、俺は今さっきまでの状況を思い出し、クスリと笑ってしまう。さっきまで座ってたからもう汚れているか。
「お兄ちゃんパース」
「おう」
 子供と言うのは本当に元気だと思う。でも俺はもっと元気だと思う。というか元気というより馬鹿なんだろうけど。
「くらえっ超絶可憐爆龍キック!!」
 俺も調子に乗って取って置きの必殺技を炸裂させる。これでもサッカーは少しくらいは出来るつもりだ。
 さぁ、俺を称えるのだ糞餓鬼供よ!

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