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第六話〜ダイブ

 俺が睡魔に襲われて瞼が重くなり始めた時にそれは突如に起こり、俺の睡魔は撃退された。
 船内に響く大きな爆音と悲鳴。その爆音は空気を震わせて俺の鼓膜にまで届いた。
「うわっ」
 空気の振動は当然隣にいた前田にも届き、前田はまた間抜けな声を出すことになる。
「後ろのほうで爆発が起きたみたいだぞ」
 いきなり誰か一人がそう叫ぶ。
 その男の一言は静かな水面に投じた一石が起こす波紋のように徐々に大きくなりつつそして確実に拡がっていく。
「爆発だって?」
「やつらの要求が通らなかったんだ」
「このままじゃ墜落する」
 叫んだ男の近くからひそひそ声が拡がり、そしてひそひそ声はいつしか悲鳴に変わる。
 そのさまは元気な人間がたくさん居る密室の中に感染力の高い病気を孕んだ人間を放り込んだときのように、ものすごい勢いで感染を拡大していく。もはや船内は恐怖という名の病気が蔓延していた。
「お、俺は死ぬのはいやだぞ」
 誰が狂ったように叫びながら駆け出した。出口など無いというのに。
「落ち着いてくださいお客様」
 男の叫びを機に混乱が起こり始める。皆は添乗員の制止も聞かずに自分の保身のために動き始めた。
ある者はより前に行こうと他者を押しのけ、ある者は泣き叫び、ある者はただおろおろただしていた。
「俺たちは何もやってない」
 近くにいたハイジャックの一人が呟く。
「いったい誰がやったんだ」
 どうやらハイジャック達にもこれは不測の事態だったようで、ハイジャックたちはすでに統率力をなくし我先にと生を渇望する亡者へと仲間入りする。
 そんな異様な風景の中でも俺はいたって冷静だった、あせったところで何ができるわけでもないのだから……。それにさっきの爆発程度では墜落はしないだろう。そう思い俺推察して墜落の衝撃の備えてシートベルトをしっかりとはめた。
「死にたくない」
「怖い」
 そんな阿鼻叫喚が木霊する中で俺は一人で本を読みながら着陸を待っていた。それはひどく場違いな光景だっただろう。
 しかしそんな余裕もすぐに崩壊することになる。不意にまたさっきのような爆発音が聞こえる。しかも今度は立て続けに四つ。
「なに!?」
 先ほど爆発音は後ろのほうで爆発があったようだったが、今度は左右の翼から音が聞こえてくる。
 これはまずい。そう本能が告げた。本能に従い、急いで窓の外を見ると案の定翼についているエンジンのすべてが火を吐き出していた。
「くそ」
 これではこの期待は着陸どころか墜落だってできずに空中で爆発する可能性だってある。つめを噛みながら悪態をつく。皆にかなり遅れるような形で俺も生の亡者となる。
 シートベルトを急いで外して、初めてのパラシュートに戸惑いながらも、しっかりとパラシュートを装着して爆発のあった後方に一人で歩を進める。理由はただ一つ、ここから脱出するため。
 前田とはとうの昔にはぐれた。
 足元には、俺が勝つ予定だったチェス板がその勝敗をわからなくして転がっていた。幸運だったな前田。
「待って」
 短い声に振り向くとそこには分厚い本を読んでいたあの少女が立っていた。
「なにかな?」
 俺は自分でも驚くくらいに早口でしゃべっていた。かなりあせっている証拠だろう。
「飛ぶの?」
 俺の背中についているパラシュートを指差しながら少女が問う。
「まぁね」
 できるだけ短く答えてさっさと先を急ぐ。本来ならこんな話をしている時間もないのだから。
「そう」
 少女はそう言って自分もパラシュートをつけ始める。
「じゃあね」
 そう言ってその場を立ち去る。
「待ちなさい」
 いきなりきつい口調で言われる。なぜかわからないが俺はその場に立ち止まってしまった。そうしないといけない気がした。
 まったく、こんな小さな子に気迫負けするとは情けない。
「行くわよ」
 いつの間にか少女が俺にではなく、俺が少女についていく形になっていた。
 別について来られるだけならどうということはないし、何よりも時間がもったいないので俺は同行を許可した。というかこの場合は許可してもらった。の方が適切なのだろうか?
 そして、俺たち二人は誰も居なくなった。いや、死人を居ると言うのならば、五人。いや、少し増えて六人しか居ない機体の最後尾へとたどり着いた。
「さて」
 やり方は知っている。本に書いてあったことだしドラマや映画なんかでも見たことがある。
「よいしょっと」
 俺がエアーロックに手をかけて力いっぱいに回すと、扉は勢いよく開いた。
「きゃ」
 ものすごい力で外に吸い出されそうになるが何とか踏みとどまり、同時に吸い出されそうになった少女も助ける。
 翼を見ると先ほどより絶望的な風景だった。
「これは落ちるのも時間の問題だな」
 明らかにこの機体は飛ぶというより落ちている。もはやこれは飛行機ではなく空飛ぶ棺桶だろう。
「そうなの?」
 最初の爆発は俺たちが居るもっと奥の方で起こっていた。が、それは致命傷にはならなかったようで、もくもくと煙だけをと吐き出しているだけだ。
「どうしたの?」
 俺が舌打ちをすると少女は不思議そうに尋ねる。よく俺の舌打ちが聞こえたもんだ。
「煙が来た。まかれないうちに行くぞ」
 口早にそう告げて開いた扉の前に立つ。
「ひゃい」
 横に立つ少女の足は震えて、顔面は蒼白でまさに気絶一歩手前のようだった。
 先ほどまでのあの威勢のよさはどこかに置き忘れてきたらしい。
「123で飛ぶんだぞ、飛んだ後は6数えてからおもいっきり腰の紐を引っ張れ。いいな?」
「わかった」
 本当にわかっているのだろうか?少女はカクカクと首を縦に振って何かつぶやいていた。なんだったか確かそんなおもちゃがあったような気がするな。
「いくぞ」
 余計な思考をとめて出発のために腹をくくる。
「うん」
 少しかすれた声だが問題は無いだろう。
「1」
 俺の声とは別に、遠くで悲鳴が聞こえる。
「2」
 隣の少女のかすれた声とは別に、誰かが助けてといっている。
「「3」」
 俺たち二人の声が重なると同時に、その悲鳴のすべてを無視して俺たち二人は大空へと飛び出した。

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