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エピローグ

「勝訴! 勝訴!」
 一人の男が勢いよく走っていくかと思ったら大きな紙を掲げて叫んでいる。それを合図に無数の光がその男に当てられ、当てた人間達は何やらメモを取ったり電話をしたりと忙しく動き出す。
 俺はそんなやつを尻目に家に向かい歩き始める。法廷でのあいつは非常に滑稽で、思わず笑ってしまった。動かぬ証拠。起爆スイッチのペンが一本とウィルス入りの小瓶が一本。それに拳銃とナイフ。いずれも奴の指紋がバッチリと付いていたというのに俺はやってない?回りから見ればさぞ馬鹿らしかっただろう。
「乗りなよ」
 道を歩く俺の目の前にタクシーが停まったかと思うと、後部座席のドアが開き、中から少女の声が聞こえてくる。
「どうも」
 法廷で隣り合わせで裁判の行方を見ていたそいつの隣に裁判と同じように腰掛ける。
「おめでとう。これも貴方の計画通りなのかしら?」
 そう問い掛ける少女を無視して家に着くのをじっと待つ。少女も俺が反応してくれないと悟ったようで、それ以上は何も話しかけてこなかった。
「ここでいい」
 住宅街の一角で俺が言うとタクシーは緩やかに泊まり、ドアが開く。
「タクシー代は私が払うけど後で返してよ」
 財布に手を伸ばした俺に少女はそう言う。
「もう一之瀬詩織には会うことはないと思うけど貸しにしておこうかな」
 つまりはおごりで言いということなんだろうか?そうにこやかに言いつつ、少女はタクシーごと去っていく。住宅街を一人で歩き家へと向かう。少し歩くとやがて我が家も見えて来た。
「ただいま」
 誰もいないとわかっているが玄関の扉を開くと自然と口を突いてそんな言葉が出た。
 時刻はまだ朝だ。なので軽く朝食を用意することにする。俺しか居ないのにそれ以上作るのももはや習慣だ。香ばしいトーストの焼ける匂いと美しいほどの円をキープした目玉焼き、そして先ほど入れたインスタントコーヒー。これが俺の朝ごはんだ。コーヒーのカップを手に取りながらテレビに電源を付ける。テレビは朝のニュースをしており、どこのチャンネルも先の事件のことを報道している。
「この、5648便で起こった残忍な――」
「ハイジャックと思われるグループは――」
「乗客600人中死者行方不明者は569人、生存者は4人」
 チャンネルを適当に回しているとおかしなことをキャスターがいい始めた。生存者4人だと?てっきり3人だと思っていた。運がいいやつもいたもんだ。
「変身!」
 朝、それも休日だからだろう、他のチャンネルはあの事件で持ち切りだというのにこのチャンネルは特撮物をやっていた。だがそれも次回予告の段階で、次回最終回!とか言って何やらごついロボットがさらに大きなロボットに変形していた。テレビに興味を無くした俺は電源を切り、朝食に集中する。
「ただいま」
 家の扉が開く音と同時にやたらと疲れたような声が聞こえてくる。朝なんだからもう少し元気があってもいいだろうに。
「またトースト……たまには違うもの作れないの?」
 俺の作った朝飯に愚痴をこぼしながらテレビのリモコンを取る。
「いやなら食べるな」
 そう言ってやると無言でそいつは俺の向かいの席に腰掛けてトーストにジャムをたっぷりと塗ると、それを頬張りコーヒーをすする。今度豪勢な朝飯でも作ってやろう。
「苦い」
 なんとも渋そうな顔でコーヒーをにらみつけ、近くの角砂糖を五個ほどドバドバと入れる。それではもはや砂糖水だろうに。
「そうだそうだ、はい」
 たった今思い出したように手を差し出してくる。もちろんもう片方の手はコーヒーをかき混ぜていて、非常に効率はよさそうだ。
「なんだ?」
 特に心当たりもなかったので素直に何かわからないといったそぶりをする。
「タクシー代」
 貸しにしておいてくれるんじゃなかったのか。けちなやつだ。
「だが残念なことに俺は一之瀬詩織にタクシー代を借りたんだ。おまえには借りてはいないさ」
 そういってニヤリと笑ってやる。自分でもなかなか考えられた言い訳だと思う。
「わかったわよ」
 少し不機嫌そうに答えてコーヒーをすする頬は言葉とは裏腹に緩んでいて幸せを隠しきれていなかった。しかし、実にうまそうにコーヒー飲んでいるが砂糖水なんだからカロリーは高いんだろうから体重計と格闘することになるだろう。
「で? いつになったらトリックを話してくれるの」
 うまそうに砂糖水をすすりながら少し深刻な表情で聞いてくる。トリックね……多分あれだろうペンと瓶の話だ。
「そうだな――」
 俺が自信満々にトリックとやらを話そうとしたとき、不意に玄関のチャイムが鳴らされた。まったく空気の読めない訪問者だ。
「無藤さーんお届けものです」
 やたらとのんびりとした宅配員の声で一時会話を中断して荷物を受け取りにいく。家の前に来ているというのにわざわざ家主の名前なんて言わなくてもいいだろ。
「なにもらったの雄介」
 俺が戻るとすぐに詩織は不思議そうに俺の手元の小包を覗く。何をもらったかと聞かれても俺自信心当たりがない。大方どこかの懸賞だろう。とテーブルに小包を放置する。
「そんなことより俺のトリックを聞きたいんじゃなかったのか」
 聞きたいんじゃないかというより俺自身が話したいのもないとはいえない。
「それもそうね」
 あっさりと小包から興味を無くし、俺の言葉に耳を傾ける。
「まずペンと瓶だが、あれ最後の最後、ハンカチを渡したときに無理矢理突っ込んだ。そしてナイフも、銃もすべてハンカチで指紋は拭き取っていた」
「そういえばいろんな物を拭いてたわね、まさか指紋を消すためなんてね」
 ナイフは血を拭き取ったとき、銃は砂を落としたとき、瓶は汚れを落としたとき。そして先程から言っているペンだが、こいつはある一定回数ノックすると爆弾のスイッチになるリモコンで、俺の渾身の作品だ。
「それで、大西元先生が人を殺してまで破壊したかったテープの中身って何なの?」
 そういえばその事には一切触れていなかったな。
「あれはジャーナリストだった父が偶然に撮った警官との麻薬取引の映像だよ。ちなみに言っておくと顔もばっちりだったよ父の腕は確かだったからね」
 しかし父もよくテープを三本も複製する気になったもんだ。
「ついでに言っておくと証言はお前の証言を予想してやらせてもらった」
 これは利用してやったという嫌味をこめて言ったつもりだった。
「へーなかなか考えたのね」
 せっかくトリックを説明して、嫌味も言ったというのになぜか詩織は興味もなさそうに目玉焼きの黄身を潰してそこにソースをたらしながら答えた。驚いてくれないというのは実に面白くないものだ。ちなみに俺は醤油派だ。
「しかし驚いた。詩織の歳を聞いたときにはね」
 悔しくなった俺は目玉焼き全体に醤油をたらしながら痛いところをついてやる。
「それなら雄介のあの言葉の意味のほうがいくらか面白いと思うけど?」
 そんないやみすらあっさりと返される。あの言葉とはおそらくあれだ。三、二、一ときたら零という例のやつだろう。自分ながらあれはいただけなかったかもしれない。
「そう言ったって実際おまえはその言葉を受けたじゃないか」
 そう言って紙をひらひらと掲げてやる。
「五月蝿いわよ」
 まさかあれが三宅、二ノ宮、一之瀬、そして零を意とする無。つまり無藤にならないかというプロポーズとは……やはりいただけなかったな。
「ではこれからよろしく無藤詩織。十七歳」
 この一件で一番の衝撃はやはり詩織の年齢だろう。絶対小学生だと思っていた。
「その事なんだけど……」
 ばつの悪そうな顔でこちらを覗きこむ詩織。なにかあったのか?まさかまだ秘密でもあるのか?
「婚姻届けで確認して」
 そう下を向いたままの詩織の言葉に違和感を覚えつつ、先程までちらつかせていた手元の紙に目を通す。名前、は合ってる。性別、も合ってる。年齢は……なに?
「また騙したな」
 俺は紙を見たままあきれたように言ってやる。もうここまで来たらあきれるしかないだろう。
「ごめん」
 紙には生年月日が書いてあり、それは当たり前かのように俺と同じ歳だった。十七歳って言ってたのに三歳もさばをよんだな。
「まあいいさ」
 俺はすっぱりと目の前の合法ロリコンという事実に喜ぶとしよう。
「それよりさっさと市役所にいかないか」
 この紙はきちんと出すところに出さなければ効力を持たないただの紙切れだ。
「その前に小包が気になるんだけど」
 なんだかんだいって結局は気になっていたようで小包に手を伸ばしている詩織。
「なら開けてから来るといい。玄関で待ってるから」
 そういって俺は玄関へと急いだ。靴をはいて玄関を開けて詩織の到着を待つ。
「この荷物は!」
 何かいいものでも入っていたのだろうか?詩織は大きな声で叫んででいる。さて、明日からは俺も妻子持ちか、ご近所にはまだ強大だと思われているから帰ってからきちんとあいさつ回りをしないとな。きっと詩織は嫌がるだろうがそれもきっといい経験になるだろう。結局俺は大西を殺すという復讐はできなかったが殺す以外の復讐だってできるんだな。殺さなくても多くのもを失ってしまったが殺さなかった分手に入れたものもあっからよしとしよう。そんな自己完結をしながら俺は開け放れた玄関から空を見上げる。空では大きなジャンボジェット機がとんでいた。空は快晴だった。

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