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第六十話〜騙したな

 引き金を引き切ったというのに、弾は発射されずにカチカチと虚しい音を立てるだけで、ピストルの発射音だと思ったバーンという擬音だって詩織が口でやっただけだ。……畜生、またやられた。俺は目をつぶってその格好のまま怒りに震える。
「ご苦労様」
 そう言いながらケラケラと笑いながら詩織が抱き着いてきたので、銃倉で軽く頭を叩いてやると短くいたいと叫んでから涙目でこっちを見上げる。そりゃこっちも必死だったのに、はい嘘でした。だけでは釈然としないものがあるからしかたがないんだ。
「でも、あんなに何の迷いもなく簡単に引き金を引くなんて思ってなかったわ。もしかして嘘ってばれてのた?」
 叩かれたところをさすりながら首をかしげ不思議そうに聞いてくる。その答えはもちろん、知らなかった。ではあるが素直に信じた自分が恥ずかしいので、ここは当たり前だと答えておくことにする。
「嘘が苦手みたいだね」
 俺に抱き着いたまま、笑いながら詩織は言う。つまりはばれたということなんだろう。
「寝てる私にキスしようとして悩んで悩んで結局しないし、愛の告白だと思ったら感染の告白だし、私のお願いを迷わずに実行してくれるし、雄介と居たら飽きないなあ」
「それは褒め言葉として受け取っておく」
 悔しかったので、ここはむきにならずに大人を演じてみる。
「そうね」
 笑いながらそう答える詩織。おそらく大人ぶってみたそれすらばれたのだろう。
「あのね、実はわた――」
 詩織がなにかを言いかけたとき、遠くで銃声が聞こえ、詩織は口をつぐんでしまった。あの方向で行くと、俺達の居た場所だ。そして銃声を発することが出来るのはトラブルメーカーのあいつだけだ。きっとなにかあったに違いない。
「行くぞ」
 その言葉に、詩織はなにも言わずに一度だけ頷いて、手を俺に差し出す。俺も無言でその手をとって走り出す。ついでに銃もかえす。
「で? さっきは何をいいかけた」
 俺が走りながら詩織に問い掛けると、詩織はため息を付いてつぶやく。
「いいわよ、もう」
「そんな態度をとられると逆に気になるな」
 きっと何か重要なことに違いない。俺の穂蘊奥がそう告げているのだから確かに違いない。
「じゃあ、たいした事じゃないけど、私の名前、二宮じゃない」
 少し考えたかと思うと詩織はそう言った。挙動からするに恐らく始め言おうとした事とは違うことなんだろうなこれは。
「じゃあ本当は三宅か?」
 詩織が三宅と名乗ったとき、俺はひっそりと何故偽名なのかを聞いたことがあった。その時の詩織の答えは信用している人にしか名前は教えないと言って笑ったのだった。しかし、二宮が偽名とわかった今、信用されていなかったのはむしろ俺一人だったと知ってしまった。今まで、俺だけが信用されていると思ったことは無いとは言えない。嘘をつかれても、信用されているからと納得できた。だが、それも偽りと知った今、何を信用しろというのだろう。
「嘘をついててごめんね。でも信用していなかったわけじゃないのよ」
「分かったよ三宅さん」
 俺は出来るだけ不機嫌そうにそう言って少しだけ走るスピードを上げる。しかし、そんな俺の対応にも詩織はクスリと笑い、言い出す。
「私は一之瀬っていうの」
「は?」
 俺は詩織が何を言っているか理解が出来なかった。だから少し考えるために足を止めた。
「一之瀬よ」
 足を止める俺に詩織はもう一度はっきりと言う。
「雄介だけを信用していなかったんじゃなく、私は誰も信用してなかったの」
 笑いながらだがそのまま俺を追い抜き、今度は俺が引っ張られる格好になってしまった。俺は納得できない頭を引きずりながら引っ張られるがままに走った。
「そうそう、後一つ言っておくけど……」
 まだ秘密が有るというのか、俺はもう耐える自信がないぞ。このままではお前を好きで居られなくなってしまうかもしれない。しかし少し考える仕草をした後で詩織はやっぱりいいとつぶやいて考えるのをやめた。
「いったいなんだ」
 そんな思わせぶりな態度を取られると気になる。
「なんでもないよ、ロリコンさん」
 言うのをやめたかと思うと舌を出しておどけてみせる詩織。
「なっ」
 そこでそれを持ち出すのか。確かに俺はお前が好きだということはロリコンなのだろう。しかしここで改めて確認させることはないじゃないか。まあ、今は少し考える時間がほしいから違うことは言わないほうがいいかもしれない。感染病の事、名前の事、そして告白の事。そのいくつ物事をもう少し整理する時間がほしい。そうして俺が時間を欲している間にも、砂浜は見え始めていた。

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