TOPに戻る
前のページ 次のページ

第五十五話〜共有

「な、なんでもない」
 そういって俺は海人さんの手紙を後ろ手に回す。今これが見つかってはいけないと思う。
「ふーん」
 俺の様子を見て、明らかにおかしいと感じたのだろう。詩織は俺に疑いの眼差しを向け、そんな声を上げる。そんな視線に耐えられなかった俺は、あっさりと隠していた手紙を渡す。
「これは?」
 手紙を受け取り、首を傾げる詩織に、ラブレターではないよと言ってやる。詩織は俺の冗談を無視して手紙を読み始める。少し悲しかった手紙を読んだ途端、表情が険しくなったかと思うと、ぶつぶつとなにかをつぶやいている。
「返す」
 詩織は難しい顔のまま、俺に手紙を突き返してくる。どうやらあの後書きには気付いていないようだ。俺は無言で手紙を受け取ると、それを丁寧にしまってポケットにしまう。
「ねぇ、雄介」
 俺の方も見ないで詩織が話しかけてくる。こちらを見ないので表情を確認することは出来ない。
「なんだい」
 やっとこちらを見たかと思うと、その顔は何やら思い詰めたような表情だった。
「散歩でもしない」
 そういっていきなり立ち上がった詩織に習っておれも立ち上がる。そして詩織に上着を渡され、そのまま二人で歩き出す。もちろん無言で。
 少しの間歩くと崖のようなところに出た。下では波が音をたてながら岩を削り、空では丁度三日月ほどに欠けた月が光っていて、なんだかとても神秘的な雰囲気だった。
「雄介は私に何か隠し事してない?」
 いきなりだった。詩織は突然足をとめて、こちらに体を向けてそんなことを口にする。俺はいつもの冗談だと思う半面、感染しているのがとうとうばれたのかと怖くなっていた。なぜならば、詩織の顔が感染者を摘発するときの険しい表情だったからだ。
「人間誰だって隠し事の一つや二つあるよ」
 なかなかな返しだったと自画自賛をしてみたが、詩織の目は真剣そのもののようで、そんな冗談は通じないようだ。
「私は雄介の秘密知ってる」
 そうつぶやく詩織に、やっぱりばれていたかと落胆する。やっぱりあれだろうか、近寄らないでとかそういうことを言われるのだろうか?そんなことを言われたら俺は迷わずこの崖から飛び降りて鳥になろう。俺はがっくりと肩を落としながら、ばれていたかと自白する。すると詩織はなぜか頬を赤らめる。なんでそこで照れるんだ?
「そういうことは起きてるときにしてほしいな」
 詩織は俺の発言でもじもじし始めたかと思うとそのまま黙って下を向いてしまう。俺はますます意味がわからなくなってくる。というよりは俺たちの間に根本的なすれ違いが生じているようにも思える。俺は感染がばれたかと思ったが、詩織のあの反応を見る限りばれていないような気がする。むしろそれ以外のことに違いない。それはいったい何なのか、それが気になって俺はふと口に出してしまう。
「秘密って俺が感染してるってことじゃないの?」
「へ?」
 俺の言葉に、詩織は目を点にして驚いている。しまった……言わなければわからなかったのか、薄々は気付いていたがやはりすれ違いが起きていたようだ。少しの間、なんとも気まずい沈黙が流れ、俺は何か言わなくてはならない。その思いで何か話題はないかと模索する。
「別にいいよ」
 沈黙を破るには十分過ぎるその小さなつぶやきが詩織から発される。俺はその予想外の詩織の容認するかのようなつぶやきに驚き、そして固まってしまった。まさか認められるとは思わなかったからだ。

前のページ 次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system