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第五十三話〜眠り

「死んだか」
 大西が小突いても動かない鬼に安堵してため息を吐いたその時だった、鬼は目をカッと見開き大西の足を思い切りつかんだ。
「この死にぞこないが」
 大西は鬼の手を振りほどこうと必死にもがくが、鬼も必死で大西の足にしがみつき離れず、ずっと薄ら笑いを浮かべてるだけで、それがたまらなく不気味だった。
「離れろ」
 大西の渾身の蹴りに鬼が怯んだ瞬間に、大西は足を抜き去り距離をとる。しかし、鬼は背中のナイフを小さな悲鳴とともに抜き取り、大西に向かって投げる。
「ビンゴ」
 そういって笑いながら鬼は動かなくなる。今度こそ本当に死んだだろう。なぜなら鬼の周りに尋常ではない量の血溜まりが出来ていたからだ。この量なら死んでいるだろう。
「死にぞこないめ」
 大西は、ナイフの刺さった肩を抱いたまま、恨めしそうに鬼の死体を見つめる。そう、鬼の渾身の一撃は見事大西に届いたのだった。しかしそれも、小さな悲鳴とともに肩から抜き取られ、俺のところに運ばれてきた。
「返す」
 力の無い笑いを浮かべたまま大西が血に染まったナイフを突き出す。
「いりませんよ」
 そういって血の付いたナイフを拒否すると、大西はわかったといってナイフを鬼の死体の背中に思い切り突き刺した。用心深いのかただの恨みなのか……おそらく後者だろう。
「それで、聞いていい?」
 今までずっと俺の影で自分の胸を押さえて隠れていた詩織がいきなり出て質問をする。
「なんだい?」
 大西の顔はやり遂げたという達成感で一杯で、痛みなどもう感じていないかのようだった。
「なんで銃なんか持ってるの?」
「護身用だよ」
 詩織の笑顔の質問に、笑みを絶やさずに答える大西。よほど楽しいことがあったんだろう。
「そう」
 そんな大西に詩織は興味をなくして質問をやめる。あきらめるのが早いな。
「やることもないしのんびり救助でも待つか」
 大西はその場に座り込み、自分で止血をしてから今度は寝転び、寝始める。やることがないので俺も詩織もそれに習う。耳には雨の音が絶えず聞こえていたか、なかなかいいBGMだとさえ思えてくる。
 今日は鬼の恐怖もないし。なかなかよく眠れそうだ。

「虹」
 そんな言葉を聞いたのは俺がよく眠れそうだと思いながら目を閉じた数分後だった。
「そうだな」
 仕方なく俺は寝るのを諦めて体を起こす。空は俺の気持ちとは逆に、綺麗に晴れていた。
「それにしても寒いわね」
 詩織は体を丸めてブルッと体を震わす。
「寒い?」
 むしろ、先ほどの雨のおかげで湿度が上昇して蒸し暑いくらいだ。
「お前まさか……」
 暑い気候で寒いというなんて理由は一つしか思い浮かばない。俺は急いで詩織の顔を引き寄せ、おでこを合わせる。熱い。やはりあの時濡れたままの服を着ていたのが悪かったんだろうな。あの時にきちんと対処しておくべきだった。
「いつまでそうしてるの」
 気付けば目の前に詩織の顔があって、その顔は夜に見たような目をつぶっているようなものではなく、目をしっかりと開けている顔だ。何が言いたいかというと恥ずかしいということ。
「す、すまん」
 あまり熱くないとまで感じるくらいに自分の体温が上昇し、言葉もどもってしまう。
「で? 離れないの?」
 詩織のその一言に、俺は一言謝ってから、急いでおでこを離して顔を背ける。きっと俺の顔は今、熟したトマトのように真っ赤にちがいない。顔を背けたが、今思えばこいつは熱があるんだから処置しないと。
「少し熱いな」
 おでこを合わせて得た結果を伝える。もちろんあさっての方向を向いたままだ。
「そっちも熱かったし、顔が赤かった」
 ばれていたか。目ざとい。
「気のせいだ、暖かくして寝ろ」
 照れ隠しにそう言って上着を投げ付ける。
「はーい」
 詩織はまだ日が高いのに寝る。まあ風邪なのだから仕方ないし、第一やることがないのなら寝てもいいだろう。困ったのは、俺のやる事と眠気がなくなってしまったことだ。食べ物でも探してこよう。そんな事を思い付いた。詩織にもなにか食べて早く元気になってもらいたいしな。俺はすぐに立ち上がり足を一歩踏み出す。もう片方の足を出そうとすると、なにかに引っ張られていて進めない。
「どこ行くの」
 片足に目をやると、詩織が心配そうな顔をして、俺のズボンの裾を引っ張りながらこっちを見上げていた。
「食べ物でも探してこようと思ってね。詩織もお腹減ってるだろ?」
 踏み出していた足を元の位置に戻して、しゃがんで話しかけてやる。
「お腹減ってない」
 詩織から帰って来たのは否定の言葉だった。
「お腹減ってないから一人にしないで」
 詩織の俺の裾を握る力が強まる。心なしか声も震えているような気がする。
「わかったよ」
 そういいながらその手を優しく包み込んでやり、詩織のすぐ隣に腰をかける。
「わかればいい」 
 詩織はあかく染まった頬を隠すように俺の上着を深く被る。もう声は震えていなかった。そんな光景に微笑みを漏らし、救助が来るのを待つ。しかし、すぐに隣で腹の虫が鳴き始めたので、俺はまたくすりと笑ってから残っていた最後の干し肉を食えといって渡す。
「お腹なんか空いて――」
 そんなことを口走ろうとした口に、無理矢理に最後にとっておいた干し肉を詰め込む。これで本当に何も無くなった。
「ありがとう」
 そういって頬を染めたまま上着を被ると、詩織は眠ってしまった。

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