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第五十話〜ドラマのような展開

「あそこに行こう」
 呼吸を整えた俺は、すでに遅いような気もするが、雨宿りをするために雨にぬれきった体で動く。
「雨、なんだよな」
 この悪天候の中の捜索作業は難しいだろうから、この島に来るだろう救助はおそらく遅れるのだろう。つまりは俺の復讐のリミットはそれまでという事だ。爪を噛みながら逆の手でナイフを握る。目の前に対象がいるというのに……。今、殺すことは出来ない。何故なら、今殺してしまえば何の恐怖も与えぬまま死んでいくことになる。それは回避しなくてはいけない。それに詩織も見ている。そんな絶望感とイライラが募っていく。
「疲れた」
 そういって大西はまぶたを閉じる。寝るということか。あんなに無防備になって……今すぐにのどを切り裂いてやりたい。
「じゃ私も」
 大西と距離を開けてこちらに近づいて、というより俺の隣で詩織も寝始める。
 じゃあ俺も。とはいかなかった。いつ海人さんが戻ってくるかもしれないから、出迎える準備くらいはしておかなくてはいけないだろう。それがあのおばに残って時間を稼いでくれた海人さんに出来る唯一のことだろうからだ。
 しかし、待つといったは良いがこの有り余る暇の使い方を俺は知らない。今までなら頭の悪い友人とチェスをしたり、一人で本を読んでいたが、今は頭の悪い友人はいないし、読む本だって持っていない。つまり何もすることがない。やることのない俺は人を見ることにした。詩織は勿論よく寝ている。大西もよく寝ている。俺がふと腰からナイフを抜いてみると、月光を反射してナイフがギラリと光る。
「ふぅ」
 俺は一息ついてからしっかりナイフをにぎりしめて、一気に大西に向けて振り下ろす。やっぱりここでやっておかないと駄目なような気がする。確かな手応えと同時に、 ナイフに刺された虫が何度か痙攣して動かなくなる。ナイフはちょうど大西の真横に刺さっていて、つまり虫は大西を狙っていた虫を俺が殺したということだ。大西を狙う俺が大西を狙う虫を狙ったんだな。なんとも分かりにくい。しかし、何故助けたんだろうか?そう思いながらちらりと横を見ると、詩織が静かに寝息を立てて寝ていた。やっぱりこいつのせいだろう。
 ナイフに刺さっていたなにか気味の悪い虫を抜き去って、ナイフを腰にかけ、詩織の隣に座り込む。しかし、前も思ったがこっちのことなど知らずによく寝る。一体こいつにどれだけリズムを狂わされたか、まったく厄介な奴だ。だが、そんな厄介な奴を俺は好いてしまった。
 俺は苦笑しながら厄介な奴に上着をかけてやり、そして隣で座り込む。今居る木の下は全然雨の影響を受けないので解りづらいが、なかなか強い雨だ。おかげで木もしけって火も点かない。雨に濡れているし、夜になっているので、どんどんと自分の体温が下がっていくのを感じる。ドラマなら寒がる女の子がいたら体を寄せ合って温め会うのがような場面だが、残念ながらそんな事をはしない。
 だが、かわりにこんな事をしてみる。詩織の顔に自分の顔を近づけ、そして固まる。あれ?この状態昨日なかったか?しかし、昨日と同じというのも情けない。同じということは成長していないのと代わらない。今日の俺は昨日の俺を越えて、初めて成長と言える。なので頑張ってみる。頑張るといっても、また俺は詩織の唇のまえで完璧に固まって、うんうんと首を傾げて悩んでいるだけだが。
「よし」
 偉い人の言葉に『男は度胸、何でもやってみるものさ』というのがあったと思う。俺は決心を固めて。顔をもっと近づける。唇まで後、握りこぶし二つ。後、握りこぶし一つ。指二本、一本。俺が少し頭を下げると、唇に固く冷たいものが当たる。しかし、すぐに恥ずかしくなって顔を離す。キスをしてわかったが、予想以上に詩織の体温は低下していた。何とかしないといけない。体温の低下はきっと濡れたままの服を着ているのも悪いに違いない。俺は服をぬがそうとしてまた止まる。駄目だ、女の子の服をぬがす、ましてやこいつの服をぬがすなんて事は出来ない。仕方がないので出来るだけ近くにいてやることにする。そして俺は朝がくるのを待った。

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