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第四十六話〜キス

 それからどれくらい経ったのだろうか、辺りは暗くなっており、もうすっかり深夜といったところだ。俺は早々にひざ枕から起き上がり周りを見渡す。そこにはパチパチと今にも消えそうに燃える火と、それの近くで寝ている三人がいた。海人さんは火の番をしていたのだろう。座りながら寝ている。
 俺は火の近くに置いてあった小さな枝を火の中に投げ入れて火を大きくする。消える前に起きれてよかった。次に、海人さんを横にして寝かせる。そして最後に、今までひざ枕をしてもらっていた詩織を火の近くまで運んでやり、今度は詩織の小さな頭を俺の膝にのせてやり、いつものように俺の上着をかけてやる。
「お前は一体なんなんだろうな」
 俺の心を掻き乱し、元居た仲間達の輪を乱し、一体何がしたいのだろうな。
 そんなことを思いながら詩織の美しく長い髪を撫でてやる。全く、俺は殺人犯だというのにこんな事をしていていいのだろうか?目的もはたせず、ただぐだくだと生きている自分に意味等あるのだろうか?第一、殺人犯などか人を愛してはいけない。権利がないとかそんな事じゃなく、愛してしまった人に迷惑がかかる。
 現に今俺は、俺を殺そうとしている鬼に追われている。俺が去ればきっと詩織は安全だ。それに、そろそろ潮時なのだろう。こんな馴れ合いも。
 俺はせっかく自分のひざの上に乗せてみたものの、詩織をゆっくりと地面に下ろしてやるとその場を立ち去るために立ち上がる。最後に、すやすやと眠る詩織の顔を見て、ふと思う。
「これくらい、いいか」
 そうつぶやくと俺は詩織の顔に自分の顔を近づける。
 目の前に広がるのは俺が好きになった幼い顔。そして、潤った唇。その唇に自らの唇を近づけて行く。
 しかし、その唇も目的地に行く数センチ前まで来て停まってしまう。感じる吐息、身近に感じる体温、かおる柔らかな匂い。別に臆したわけではなかった。ただ自分は何をしているのかと我に帰っただけだ。しかし、目の前には唇。このまま引き下がるには勿体な過ぎるシュチエーション。理性と本能の戦い。

 やっぱり駄目だ。俺には出来やしない。結局のことろ、数秒そのまま硬直したままの俺が出した判断はキスはしないと言う判断だった。俺に出来たのは優しく頭を撫でてやる事と、いつものように上着をかけてやる事だった。
「さて」
 結局、空気にしか触れることのなかった唇を指でなぞり、俺は暗闇に消える。
「雄……介」
 その小さなつぶやきは、暗闇に消えていく俺の意思をがっちりと掴んで離さなかった。一度止まった足は前には進まずに固まってしまう。
「雄介?」
 見つかってしまったか。半分寝ているが、詩織は上半身を起こしてこちらを見ている。
「どこ行くの」
「トイレ」 
 ここで「遠くだ」と宣言できる人間がいるだろうか?こんなつぶらな瞳で俺のことを見ている人間にそんなことが言えるのだろうか?いるならばそいつはなかなかに冷たい。
「そう」
 そういうと詩織は安心した様子で再び寝てしまう。俺はそんな姿を見ながら大きなため息を一つついて元居た場所に戻る。
「俺もまだまだアマちゃんだな」
 もう一度詩織の頭をなでてやりながらつぶやく。そう、俺のみんなと離れるという意思は、目の前の幼い寝顔にあっさりとポッキリ折れてしまった。しかし、これで本当にいいのだろうか?このまま復讐しないでだらだらと……。そんな事を考えていたが、眠くなってきた俺は考えるのをやめて眠りについた。もちろん詩織の隣で。

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