第四十四話〜痒い
「詩織」俺は凍る空気の中でこっそりと聞いてみる。俺だってそろそろ本当のことを知りたい。
「どうやって感染しているなんか見分けるんだ?」
「禁則事項です」
俺が真剣に聞いていると言うのに、詩織は笑いながら舌を出してそう答える。
駄目だ。怪しい。このままでは詩織がこの、恐ろしい病気の原因じゃないんだとさえ思えてしまう。
「嘘だよ。そんな怖い顔しないでよ」
罰の悪そうな顔でそう言う詩織には俺の真剣さが伝わったのだろうか?やっと真面目に話してくれようとする。
「一体、俺が感染してるなんて言い切れるんだよ」
忘れていた。こっちの事を。
「観戦のマークは胸部」
詩織は言い終わった後に少しだけニヤつく。
「残念だな! ここにはそんなもんないぜ!」
神条さんは服を巻くし上げて胸を指す。
「ビンゴ」
詩織は小さくつぶやくとさっさとその場を去る。
途中、こちらに振り返り手招きをしていた。こっちに来いということだろうな。
「待てよ! 感染してなかったんだから濡れ衣を着せた謝罪くらいしたらどうなんだよ」
俺が詩織の後に続こうとしたとき、反射的に神条さんが怒鳴る。
「あぁ、胸にはなかったな」
そして俺はとどめの一言を言ってやった。
「感染者さん」
後ろでなにやらギャーギャーと神条さんがわめいているが、海人さんの「腰」という一言で黙りこくる。
全く、馬鹿なやつは馬鹿な最後を迎えるんだな。
胸に無いことを示すためにわざわざ上着を巻くし上げ、腰の印を見せるなんて……俺にはそんな馬鹿な真似はできそうにない。
「さて、詩織」
他の人間に悟られないよう、聞かれないように詩織と話す。
しかしここは虫が多いようで、その証拠に肩を蚊にやられたようで、痒い。とても痒い。
「何故、感染者がわかったんだ」
余計な事はせずに素直に聞いてみる。それが最善の方法だと思ったからだ。
「それは……」
少しの沈黙の後に詩織は答える。
「私があの病気の開発者だから」
悪びれた様子もなくしれっと言っている様子を見ると嘘かどうかが判断しにくい。が、俺は詩織の口元が少し緩んでいるのを見つけて判断する。
「笑えない冗談はよせ」
そういう俺は笑顔なのだが、あながち笑えない冗談でもないのかも知れない。なぜならその可能性はゼロではないからだ。
俺のこの答にはそうではあってほしくないと言う強い願いが込められていたのかもしれない。
「ばれた?」
そういいながら笑う詩織を見て、一気に限界一杯ぐらいに空気が入っていた風船のように張り詰めていた空気がしぼんでいく風船のように抜けていく。
俺も笑いながら蚊にやられた肩に手を伸ばす。
「本当はね、感染した人にはある一定の特徴が出ることが観察しててわかったの」
「へぇ、なんだい」
俺は少し手を止めて聞き返してやる。
「それは、感染後の印が出た場所を掻きむしるの」
瞬間的に俺が肩を掻こうとして伸ばしていた手は止まり、そのまま肩を揉む。
「神条さんはよくお腹を掻いていたし、まさかと思ったの」
つまりは胸に印が有るというのはブラフだったわけだな。よくやるよ。
しかし思い返すと、恭子さんは死ぬ前に首を掻いていたような気がするし、生徒たちも確か体中を掻いていたような気がする。 そして、俺もそうなるところだった。まったく……こいつの観察力には感服する。
そして俺は決断した。こいつの言葉を信じるか信じてはいけないかを。