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第三十五話〜人は飛べないから堕ちる

 横断歩道でたかしに近づいたところで異変に気付いた。
 僕のちょうど右方向、つまりかたしの正面から黒塗りの車がすごいスピードで突っ込んで来ている。
 しかも、たかし達は気付いていない。
「車だー」
 僕はたかしに向かって大声で叫ぶ。その声ですぐにたかしも気付いたようで、走りだ……さない?
 驚いたことに、たかしは自分の身よりおばあさんを優先して先に行かせている。
 糞、あの速度じゃ完璧にアウトだ。
 俺は走る。たかしの背中に。
 どんなに怒鳴っても車は停まらず突っ込んで来ている。
 ひたすら走る。たかしの背中に。
 おばあさんは大丈夫。次はお前だ、たかし。

「危ないっ!」
 届いたたかしを突き飛ばす。おかげでたかしはすっ飛んで、俺はその場に置いてけぼり。近くで聞こえるタイヤの音に、五月蝿い黙れと怒鳴りつけ。近くじゃたかしがなにか叫んでた。やばい、あっちに行かないと。立ち上がる僕はそのまま空へと飛んでいった。
「あ、あの雲ソフトクリームみたい」
 空にはソフトクリームみたいな雲が浮かんでいた。今にも届きそうな高さだ。
「おいしそう」
 手を伸ばして届かないかと試してみる。しかし、そんなのんきな事を思っていたら、次の瞬間に僕は地面にたたき付けられた。
 体に走るはずの激痛はなぜかない。
「たかし君!」
 たかしが自分の名前を叫びながら僕を抱き抱えて叫ぶ。
「やだな、たかし君。たかしは君だよ」
 僕は動かしにくい手を動かしてたかしを指差す。
「何言ってるのたかし君!」
 たかしは相変わらず僕の事をたかしと呼ぶ。
「俺は雄介だよ!」
 こんなときにも冗談か。
「嘘じゃないよ」
 たかしはランドセルを探りノートを引っ張り出して俺に突きつける。
 むとう ゆうすけ。平仮名の汚い字でしっかりとノートに書かれていた。
「はははは」
 なにかの悪い冗談かと思った。
 ノートを見直そうとしたが僕の目にはもう光は届いていない。
「たかし君しっかり!」
 雄介が叫んでいる。
 五月蝿いなぁ……僕はもう眠いんだ。寝かしておくれよ。宿題?今日はできそうにないや。
 周りの音が段々遠くなっていく。
 体の感覚も無くなっていく。
「お休み。ゆーくん」
 近くで聞こえていた大きな泣き声が消えた。

 何処を見ても闇闇闇。
 第一見ているのかもわからない。
 僕は死んだんだろうな。
 短い人生だった。
 でも疲れたしもう眠いから寝よう。
 この誰のかわからないひざ枕の上で。

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