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第三十一話〜白状!実行!他殺自殺!

「こちらこそ、くだらないお願いに付き合ってもらってすまないね」
 殺す側と殺される側の両方が笑顔で感謝の言葉を述べるというのはかなりおかしな光景だ。
「そうだそうだ」
 最後に何か思い出したのだろうか田中さんはまた話す。
「私はスイッチを持っているが爆発はさせていない」
 いまさら何を、と言ったように皆が止まっている。
「いや、本当だよ」
「言ってろ」
 大西はもうさっさと去っていってしまう。
「まぁ、いいか。さて雄介君、やってくれ」
「では……さようなら」
 そのまま俺は田中さんの耳元に近づいてつぶやく。
「爆弾の話、信じますよ」
「なぜだい?」
 信じろと自分で言ったくせに、俺が信じたことに田中さんは不思議そうに首をかしげる。
「まぁいいじゃないですか」
 何故って俺も爆弾を作動させましたからね。
「そうだな」
 そう言うと田中さんは笑顔で答える。
「じゃ、さようなら」
「さよなら」
 その言葉と同時に、俺が引き金を引くと、乾いた音と一緒に空薬莢が中に舞う、そいつは田中さんの左胸を貫いた。運がよかったらしく即死だった。
 田中さんの死に顔はそれはもう満面の笑みだった。
 薬莢が地面を叩く音と、銃口から挙がる白煙と、目の前の紅からやったんだなと確信した。
「失礼しますよ」
 俺は言われた通り田中さんのスーツのポケットを探り始める。
 すると、右ポケットから一枚の紙切れを発見する。
 それにはこう書いてあった。
 もう助けは呼んである。この島の一番東の海岸に行くこと。国の役所の人が来ます。ありがとう。
 なんだか字がぼやけてよく見えなかった。外は晴れだというのに俺の周りだけ雨が降っているようで、その証拠に俺の頬が濡れている。
 泣きながら田中さんのポケットを探り続けているともう一枚、今度は撃った側の胸ポケットから現れた。
「なんだよこれ」
 その紙切れを見ながら爪を噛む。
「こんなのありかよ」
 その紙切れは写真で、田中さんと奥さんと息子さんが写っていた。
「全然似てねぇ」
 全然似てなかった。
 かすりもしていなかった。つまり俺は騙されていたということだった。
 俺も爆弾のことでだましてやったとは思っていたが、とんだ誤算だ。
 何故なら、その写真に写っていた息子さんは赤ん坊だったのだ。
 脱力して地面に膝をつく。頭に手をのせて大声で笑ってやる。
 俺を騙した詐欺師にやられたと言わんばかりに大声で笑う。
「大丈夫かい雄介君?」
 海人さんは心配した様子で話しかけてくる。
 居たんだ……。
 よく見ると海人の後ろには、詩織も心配そうな顔をしてこちらを覗いている。
 嫌われていないようでよかった。
 まて、だからなんでよかったなんて思うんだよ。
「あぁ大丈夫です」
 さっさと立ち上がって泥を払う。
「そんな事よりちょっと聞いてもらいたいことがある」
 俺は田中さんから遺された紙切れについて話す。
 反応はまちまちで、まあとりあえず向かっておこうかという結論に達する。
 せっかくの希望だと言うのに、ハイジャックの言うことは信じられないってことか。
「じゃあ行きますか」
 海人さんが先導に立って歩き始める。
「私、無事に帰ることが出来たら家内と旅行にでも行こうかと思いますよ」
 海人さんはいきなり嬉しそうに俺に話す。
「そうですか」
 俺はそう相槌を打って歩き始めた。この地獄から脱出するために。
 犯罪者から貰ったひとつの希望をその手に握り締め。

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