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第三十話〜分からない!俺にはさっぱりわからない!他殺自殺!

「嫌ですよ、人殺しなんて」とは言えなかった、なぜなら俺は既に人を殺してしまっているから。
 それでも、いくら人を殺しているからと言って、俺は恩人を殺せるようにまでは腐ってはいない。
 だから、俺は首を横に振って拒否をする。
「君は残酷だね」
 田中さんは残念そうに銃を下げる。
「私をこのまま出血死させようと言うのだからね」
 手当をすれば助かると言うのにまだわからないのだろうか?
「手当をすれば私は助かるだろうが、私はそれを拒否するよ」
「何故です!」
 俺は目の前の理解しがたい人間に怒鳴り付ける。
「何故って、それは私が死にたがっているからだよ」
「なっ!」
 あまりの理解不能さに絶句する。
「それなら無理矢理にでも手当をします」
 俺は断固たる意志を胸に田中さんに向かって歩く。
「それは無理だ」
 そう言って田中さんは銃を持ち上げる。
「手当しようとするなら殺す」
 またこの気迫だ、かなり本気と言うことの表れだろう。
「言ったように君が殺さなくても私は君から受けた傷で死ねる。君は、殺人と合意を得た意図的な他殺自殺の手伝い。どちらがいい」
 他殺自殺って一体なんだよ。そんな事を思いながら爪を噛む。
「なんで俺なんだ」
 悩んだあげくに搾り出せたのはくだらない疑問。
「君が……息子に似ていたんで」
 帰ってくるはどうでもいいような返答。
「機内で何故助けた」
 再び質問。
「何故って、息子に似ていたんで」
 馬鹿みたいな回答。
「息子……ね」
「そう息子」
 俺はもうあきれるしかなかった。
 俺が思うに、この人はもう、てこでも動かないつもりなんだろう。
 それならば俺はもうどうしようもない。
 諦めのため息をついて、田中さんから銃を受け取るために手を伸ばす。
「ちょっと雄介!何するつもりよ!」
 今まで黙っていたはずの詩織がいきなり声をあげながら駆け寄ってくる。
「何って他殺自殺の手伝い……かな」
 俺自信も言っててよくわからない。他殺自殺の手伝いってなんだよ。
「ようするに殺人じゃない!そんなの……」
 何故か詩織はそこで言葉を詰まらせて、そのまま目をつぶって動かなくなる。
 詩織が固まっている間に、田中さんの手から俺の手へと他殺自殺のための鉄の塊が渡される。
 そいつは手に確かな重みを与え、人を殺める重みと言うのを感じさせてくれる。
 俺は銃を受け取ると、笑顔のままの田中さんの胸に銃口を向ける。
「やめなさいよ」
 しかし、それは乱入者によって阻止される。
 詩織はなんだか怒っているようで必死に俺を止めようとする。
「もういいんだ詩織ちゃん。もう助からない」
 田中さんは駄々っ子をあやすように優しく囁く。
「手当すれば助かるわよ!」
 目に沢山涙をためて訴える。
「手当されたくないんだ」
「なら無理矢理にでもやるわよ!今なら銃を持ってないし」
 そう言うと詩織は田中さんに近づいていく。
「手当をするのは勝手ですが、手当をしたら私はしたを噛み切りますよ」
 やっぱり笑顔。
 そんな笑顔に、もはや詩織は言い返す気力も失ったようでため息なんてついている。
「もう好きにしなさいよ!」
 詩織は大声で怒鳴ってその場を離れた。俺をかなり睨み付けてから。
「嫌われたかな……」
 俺は離れていく詩織の背中を眺めながら呟いてみる。
 別段、嫌われたところでなんら支障はないはずなのにこのいらつきはなんだろうか?
「すまないね」
 田中さんには毎度のように笑顔だ。
「いえ」
 俺も笑顔で答える。
「そうだそうだ、私が死んだらその銃は自由にしていいよ。それとね、私が死んだらスーツのポケットを探ってみてくれ。出て来た物をどうするかは君次第だ」
 俺はわかりましたと短く答えて銃口を再び田中さんに向ける。
「ありがとう御座いました」
「いえいえ」
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