第二十八話〜鬼だ!逃げろ!殺される!
「逃げろ」周りにいた“一応”仲間に指示を出す。こう言うときは案外命令に素直で、さっさと逃げていく。いつもは多数決がどうのこうの言うくせにどうした事だろうか。
しかし、目の前の二人を除いて、なのだが……。
一人は詩織。もう一人は、なぜかハンドガンを両手で構えている田中さんだった。
熊と睨み合う時間が数秒経ち、熊の咆哮と共に時は動き出した。
銃声、破裂、鮮血、絶命。一度に沢山の事が起きた。完結に結果だけ言うと熊はさらに体を朱に染めて前のめりになって倒れている。
「田中さん、ありがとうございます」
熊から助けてくれた田中さんに御礼を言うが、何故か田中さんは銃を構えたまま首を傾げている。
「違う」
なにが違うと言うのだろうか。
しかし、そんなことより何故、田中さんが銃を持っているのだろうか。
「俺じゃない」
田中さんはそう言うと俺に向けて銃口を向ける。
「何の冗談ですか」
俺は笑いながら両手を上げる。しかし、田中さんは真剣そのものだ。
「冗談ではないようですね」
何故かはわからないが、あいかわらず田中さんは俺に銃を突き付けている。
田中さんがそう出るのであればこちらにも考えがある。俺はゆっくりと腰のナイフに手を伸ばして、いつでも投げれるように体勢を変える。
「お前だったか」
なにやらよく訳のわからない事を俺に向かって話しているが、これは作戦か?
「死んでもらう」
田中さんが銃を発砲すると同時に横に飛びながらナイフを投げつける。
ナイフは見事田中さんの肩に刺さり、田中さんと俺の後方からは悲鳴があがる。
「流石リーダー様」
後方の声の方を見ると、一人の男が腕を押さえている。 しかもよくよく見れば地面には銃が転がっている。
「え?」
なんて事だ、田中さんは俺ではなくこいつを狙っていたわけだ。なんてとんでもない間違いを俺は犯したんだ。
「お、お前」
悲鳴の男は嬉しそうに俺を指差す。そして不気味にニッコリと微笑んで俺に投げ掛ける。
「今度は殺してやる」
その言葉を聞いた瞬間、背筋がぞくっとする。その笑顔を見た瞬間、心臓を鷲掴みされたようになる。
何処かで感じた威圧感、何処かで当てられた狂気。
すぐに俺は悟った。
――鬼に見つかった。
肩にナイフが刺さったままの田中さんを無理やり担ぎ、走って逃げる。大丈夫だ、まだ今なら逃げれる。
俺はとにかく走った。
「返しておくよ」
途中、背中の田中さんが力無く笑いながら肩に刺さっていたナイフを差し出す。
「すいません」
上手く発音できたかわからない。ちょっと舌が回らない。
「気にしないでよ。」
血まみれになったナイフを受け取ると、田中さんはやっぱり力無く笑う。
糞っ!前がぼやけてみにくい。頬もなんだか水滴が付いて気持ち悪い。雨なんか降ってないはずなのに。
「雄介?」
隣で走っていた詩織が心配して声をかけてくれる。
「大丈夫……大丈夫だ」
俺は泣きながらひたすら走った。走らなければいけない。逃げなければならない。助けなければならない。助からなくてはならない。
俺はやっぱりひたすらに走った。
やがて俺達は大きな木がある開けた空間に到着した。