TOPに戻る
前のページ 次のページ

第二十三話〜奴が来る

 その日は、昨日と同じような騒がしい声で目が覚めた。
 朝からぎゃーぎゃーと五月蝿い音だ。 
「あ、雄介おはよう」
「おはよう」
 騒がしい音の正体はわからないが、とりあえずおはようの挨拶をすます。
 挨拶をした後も、騒がしい音は止まなかったので、不思議に思い詩織に聞いてみた。
「あれは、言い争ってるの」
 質問の答えはこうだった。
 朝起きて恭子さんが暇を持て余しているところに神条さんが来て、うっかり隠すのを忘れていた感染のマークを見られて全員に知られた。
 間抜けだな。
「と、言うことはこれは恭子さんと神条さんの声か?」
 眠い頭でよく考えられたと自分でもびっくりする。
「違うわよ」
 しかし、詩織から帰って来た返答はNO。
 いったい何を間違ったというのだろうか……。
「言い争っているは海人さんと大西さんよ」
「なんだって?」
 当事者の二人が言い争うか、当事者の二人のうちの一人が誰かと揉めていると思っていた俺は驚きの声を上げる。
「理由は、恭子さんをどうするか」
 流石にそれはわかる。
 もしここで、明日の晩飯について真剣に争っていたと言うなら、俺は頭を抱えなければいけない。
「感染者はさっさと始末しろ」
 神条さんが大きな声で怒鳴る。
「感染するかもわからないのに殺すなんて出来ません」
 海人さんも負けじと言い返している。
 そんな言い合いをしている二人から離れ、体育座りで小さくなりながら、頭を抱えてブルブルと震えている恭子さんと、特に何もするわけでもなく、ただ周りを眺めているだけの田中さんを見つける。
 周りを見渡していた田中さんはいきなり顔をしかめて立ち上がる。
 全員が田中さんの突然の行動に目を向けると田中さんは、ため息を一つをはいてから言う。
「奴らが来るな」
 その小さな呟きに、その場にいた田中さん以外全員が奴らの意味を考える。
 しかし、みんなが考えている間に俺は答えを知ってしまった。
――殺す。
 なぜなら、あの鬼の気配を感じてしまったのだから。

「話し合いは後にして今は移動しません?」
 そういい出したのは以外にも田中さんで、動き始めたのも田中さんだった。
「移動かどうかは多数決できめよう。今動くのは危険かもしれない」
 何を血迷ったか大西は待機を提案してくる。
「それはいい考えだ」 
 次に血迷ったのは海人さんで、既に二人とも多数決をやる気が満々である。
 そんな事をしている暇はないと内心焦りつつ、渋々多数決に参加する。
「待機を希望する方」
 海人さんがそう言うと手が挙がっていく。
 その数は三。
 と、言う事は残りは四。俺達の勝ちだ。
 さっさと移動しようとするが、何やら多数決はまだ続いているようで海人さんは次の質問に移った。
「移動を希望する方」
 乱暴に自分の手を挙げてからさっさ立ち去ろうとする。
「待ってください雄介君」
 焦る俺の背中に投げ掛けられた声を無視しようかと思ったが律義に振り返る。
「どちらに?」
 のんびりて尋ねてくる海人さんに苛立ちを感じながらも、早く行きましょうと提案する。
「何故ですか」
 提案は無視される上に、誰もがその場を動こうとしていない。
 不思議に思った俺は、まだ挙がっていた手の数を数えた。
「一、二、三……」
 三、そう三。
 俺の思っていた数より一つ少ない。
 何が起きたのかなんて見ればわかった。
 恭子さんはまだ座ったままぶつぶつ呟いている。
 忘れていたがあれは、再起不可能だろう。
「三対三で同数ですね」
 こうして、移動するかどうかは保留になり、結果的には待機をしなくてはならなくなった。
 こうしてのんびり待機している間にも、鬼の気配は段々と近づいてくる。
 いらだつ俺は、悪態をつきながら近くの小石を蹴飛ばした。
 石は綺麗な弧を描いて、目の前の木に当たり真っ直ぐ俺に返ってくる。
 もちろん、いきなり来たそれを避けることは叶わず俺は間抜けな声を上げることになる。
 最近、何をやってもうまくいかなくなってきている。
「畜生」
 しかし、俺は爪を噛み鬼の殺気を感じながら、海人さん達の気が変わるのを待つことしか出来なかった。

前のページ 次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system