第二十二話〜食事
かくして、俺は木登りをすることになってしまった。「怪我しないでねー」
近くで聞こえる小さな詩織の大きな声援を受けて、俺は長さ数mのお使いに出掛ける。
「頑張れー」
小さな詩織はさらに小さくなり、大きかった声援も小さくなってきて、自分がどれほど高所にいるか嫌でも自覚させられる。
天国は空の上にあるなんて言われてるが、なるほど、空に近くなるほど死にやすい。
悪態をつきながら目的の果物に手を伸ばし、一つもぎ取ってみる……しかし、どうやってもったまま降りるんだ、これ?
下に投げ降ろそうにしても下には詩織がいるし、第一この果物が砕けない保証等ない。
考えたあげく俺が取った行動はこれだった。
「詩織いくぞー」
少し肌寒い中で大きな声で詩織に叫ぶ。
「こーい」
下には俺の上着を広げて待っている詩織の姿があるはずなので、俺は果物の一つを下に放り投げる。
「わーわーわー」
下では賑やかな詩織の声がした後でバサッと布の音が聞こえ、すぐに詩織の歓声が聞こえてくる。
「次いくぞ」
何度かそんなことを繰り返しているうちに木はすっかり用無しになり、俺は慎重に木を降り始める。
地面に近づくにつれて小さかった詩織の姿は大きくなり、安堵が生まれる。
「しかし、たくさん取れたな」
近くにある果物を手に取り口元から白い歯を覗かせる。
「そうだね」
俺は詩織から上着を受け取り素早く羽織る。
「これだけあればみんな満足するでしょ」
俺達二人は両手一杯に抱えきれない食べ物を抱えて、みんなのいた場所に戻る。
日はすでに傾いてしまっていた。
「お帰り雄介君」
海人さんは俺を見るなりすぐに俺に駆け寄ってくる。
「凄い量じゃないの」
田中さん以外の二人は食べ物に駆け寄ってくる。
果物を人数分均等に分けると、皆はやっとありつけたまともな食べ物に飛び付く。
お礼はどうしたんだよ。
しかしまぁ、腹が減っていたのなら仕方ないだろう。
食い物にがっつく恭子さんを遠巻きに眺めていると、俺の目によろしくないものが見えたような気がした。
残念ながらそれは見間違いではないようで、俺の視線の先には少し長めの髪の毛が揺れるたびに首筋に現れている不気味なマークがあった。
感染確認っと。
さて今回はどうなる事か……。
「雄介食べないの?」
相変わらず詩織は俺にべったりで、やたらと世話を焼きたがる。
こんな小さい子に世話を焼かれている俺っていったいどうなんだろうか。
「そういえば水は見つかったんですか?」
食べる事に専念している水捜索隊だったはずの五人に問い掛ける。
すると五人は気まずそうに食べるのをやめて誰も食べ物に手をつけなくなってしまう。
実にわかりやすい反応だ。
「すまない雄介君」
申し訳なさそうに海人さんがぽつりとこぼすが、別に今はそんな事はどうでもいい。
今はとりあえず目の前の感染者の対処について話をしないといけない。
「それよ」
「それより恭子さん」
二人の声が重なり、俺の声は詩織の声で掻き消され、しかたなく俺は口をつぐんだ。
「なに?」
こちらに振り返り、食べるのをやめる恭子さん。
「首筋を見せてもらえますか?」
「なんで?」
特に気にした様子もなく真顔で答えるあたり自分で気付いていないのだろうか、それとも……。
「早くして下さい」
そう指示する詩織の声は、いつも俺に話し掛けて来るような優しいものではなく、冷たく厳しかった。
「だから理由を教えて」
確かに理由がわからないのに何かをすると言うのはやりたくない事だが、たかが首筋を見せるくらいの事に正当な理由が必要だろうか?
「見せてくれないと言う事は、あなたはそう言う事だと判断させてもらいますね」
いつまでも見せてくれない恭子さんに諦めがついたようで、さっさと諦める。
「なんで私が感染してるなんて言うのよ。証拠でもあるって言うの?」
顔を怒りに染めて、怒りに任せて言葉をぶちまける。
「誰が感染しているといいましたか?」
恭子さんは口元をはっと押さえて黙ってしまう。
黒だな。
「まぁまぁ……」
そんな様子を見て海人さんが動き出し、恭子さんをなだめてくれる。
恭子さんはまだ顔を赤くに染めて両手を強く握ったまま怒りに震えていた。
「雄介は私の事信じる?」
詩織が俺の目の前でそんな事をいい始める。
しかし、俺はあれについて気付いているのが前提なんだな。
「詩織はそう思うんだろ」
「うん」
何の迷いもなく首を縦に振る詩織。
「なら俺もそう思うよ」
頭を撫でてやりながらそう答えてやると、詩織は嬉しそうに笑っていた。
詩織とも離れ、遠巻きに全員の様子を見ながら今日の夕食に手を付ける。
一口――どうやってのんきに飯を食べている大西に復讐するか計画。
二口――もうしっかりと首筋をガードしている恭子さんをどうしようか思考。
三口目に取り掛かろうとしてふと気付く。
俺はとんでもない間違いをした事に。
(なんでなろうなぁ)
再び止めていた手を動かし始める。
三口――なぜ、詩織は今回も感染に気付いたのか疑問。
(なんでだろうなぁ)
そして今日も日が暮れていく。